失われた気象通報の通報地点



●千島列島事件
  気象通報を聞いているとたまに「〜からは入電無しです」という放送を耳にすることがあります。
"入電無し"…、それ自体は別に珍しいことではありません。入電がない理由はさまざまで、観測所の観測機器の 故障、観測所の停電等によるデータ送信側のトラブル、データ受信側(つまり気象庁側)のトラブル などが考えられ、たまに発生します。

  上記のような理由で入電が途絶えた場合、普通は1〜2日もすれば入電が再開します。 海外の観測地点では、たまに入電再開に1〜2週間を要す場合もあるようですが、いずれにしても 入電は再開します。

  ところが、平成9年の8月1日から平成13年12月3日まで毎日、 「ウルップ島・シムシル島・松輪島・パラムシル島では入電無し」という内容の放送が 行われてたことがありました。 つまり、ウルップ島〜パラムシル島の4ヶ所からは丸5年間以上も入電がなかったということになるのです。

  では、平成13年12月4日からはこれらの地点からの入電が5年ぶりに再開したのか・・・?答えは「NO」で、 あまりにも長時間に渡って入電がなかったために、気象通報の通報地点からとうとう除外されてしまったのです。

  これら5年間も放置された通報地点は一帯何処にあったのか?現在の天気図用紙でも一部その名残を確認することが出来ます。 天気図用紙をお持ちの方は、北海道の東からカムチャツカ半島に向かって千島列島という島々の中に、何故か「ウルップ島」という文字だけが 残されているのがお分かり頂けると思います。 一方、シムシル島・松輪島・パラムシル島に関しては放送地点抹消と同時に天気図用紙からその文字すら 消滅してしまいまいした。ちなみに、シムシル島とパラムシル島は正式な放送地点ではなく、ウルップ島と松輪島からの 入電がなかった時に代行放送されるいわゆる「予備通報地点」でした。

  さて、ここで問われるべき最大の問題は、この失われた4ヶ所の放送地点でどうして5年間も「入電無し」が続いてしまったのかということです。 5年間も通報が放置されてしまった理由は未だに不明で、気象庁から一度も理由に関する説明が発表されたこともありません。 しかし、その裏事情として千島列島が属しているロシアの財政危機があったのでは ないか?というのが私の中や周囲の気象通報マニアの間で有力視されています。

  なぜそう思うかと言うと、実はこれら4地点は平成9年8月1日を境に一斉に入電を途絶えさせたのではなく、 やや時間をおいて次々と放置されていったという不可解な経緯があるからです。 その経緯を以下の表で簡単にご説明しましょう。

平成8年1月頃ウルップ島と松輪島からほぼ毎日入電あり。
平成8年2月頃松輪島の入電が途切れることが多くなる。ウルップ島は毎日入電。
平成8年3月8日3月以降、松輪島の入電情況が極めて悪くなり、ついにこの日から2ヶ月間程度松輪島からの入電が途絶える。
この間、松輪島の副通報地点であるはずのパラムシル島からは全く入電がない。
一方のウルップ島は依然として毎日入電。
平成8年5月24日松輪島から入電再開。
平成8年6月頃日ウルップ島・松輪島ともに10日に1度程度入電が途切れるが、ほぼ順調に入電する。
平成8年7月11日
【松輪島入電終了】
この日から再び松輪島からの入電が途絶える。結局、以後一度も松輪島からの入電が入ることは無かった。また、 副通報地点であるパラムシル島からの入電も以後一切聞かれなかった。
平成8年7月〜
平成9年6月
ウルップ島は毎日とまではいかないが、まずまず順調に入電する。
平成9年7月ウルップ島からの入電が急激に減少、代わって副通報地点であるシムシル島が通報地点として読み上げられる日が多くなる。
平成9年7月19日
【ウルップ島入電終了】
途絶え途絶えだったウルップ島から最後の入電。以降、シムシル島が毎日入電。
平成9年7月31日
【シムシル島入電終了】
ウルップ島の副通報地点であったシムシル島も後を追うようにして最後の入電。
平成9年8月1日〜
平成13年12月2日
この間、毎日「ウルップ島・シムシル島・松輪島・パラムシル島では入電無し」 という内容のアナウンスが気象通報で繰り返される。入電がない理由や今後の見通しについてなどの説明は 一度もなかった。
平成13年12月3日長期に渡って入電の無かった上記四地点が通報地点から外される。

  平成13年、問題の四地点が通報地点から除外されたことで、代わりに「セベロクリリクス」が通報地点として加えられました。 同時に「セベロクリリスク」の予備通報地点として「オゼルナヤ」加えられました。そして、今日に至っています。

  これが謎に包まれた長期入電放置事件の経過です。これらの地点では入電が完全に途絶える前から 入電が数日に一度くらい途切れたりするなどといった情況があったことを考えると、やはり 気象台の観測機器か観測情況を送るシステムのどちらかが息絶え絶えの状態で観測をどうにか続けていたことが想像できます。 そして予算不足から計器を整備するお金もなく、次々と観測を取り止めて行ったのか…。



●失われるかもしれない気象通報の通報地点
  さて、平成13年の時点で失われてしまった千島列島通報地点4ヶ所以外に、今後近い将来に 失われる可能性がある通報地点が実はもう一箇所存在します。それは、平成13年5月以降一度も入電がない「バスコ」という通報地点。 バスコからの入電は平成21年3月現在も通報が途絶えたままで、もう入電がない状態が続いて9年が経とうとしています。

  千島列島4地点の通報が途絶えてから気象通報地点の除外を受けるまでの期間は約5年間で、バスコの事例は既にこの期間を 大幅に超えてしまっています。ともなれば、このまま入電がない状態が続けば、バスコも千島列島の四地点と同じような運命を辿る可能性が高いのです。

  今のところ、バスコの予備通報地点の「ラワーグ」からは毎日通報が入る状態が続いているので、 「ラワーグ」を正式な通報地点に昇格させてしまうのが一番先決であると個人的には考えています。 が、実際のところ、今後も「バスコ」が放置され続けるのか、通報地点から外される日が来るのか、 それとも突然入電が再開する日がくるのか、先行きは全くわからない情況です。



●その他の失われた通報地点
  これ以外にも、数年に一度気象庁の判断で通報地点が見直される場合があります。その見直しによって、平成時代に入ってから いくつかの放送地点が変遷を繰り返してきました。そして、除外された通報地点の代わりに新しく登場した通報地点もいくつかあります。 最後にそれらを一覧表にして紹介してみます。

地点名消滅した日付消滅した理由後継の通報地点
広島平成3年頃通報地点の見直し松山
石巻平成3年頃通報地点の見直し仙台
敷香(シスカ)平成3年頃名称変更ポロナイスク(場所は敷香と同一)
鬱領島(ウツリョウ島)平成3年頃名称変更ウルルン島(場所はウツリョウ島と同一)
済州島平成3年頃名称変更チェジュ島(場所は済州島と同一)
ウルップ島平成13年12月3日長期にわたる観測放置セベロクリリスク
松輪島平成13年12月3日長期にわたる観測放置
テチューヘ平成13年12月3日通報地点の見直しルドナヤプリスタニ
ウラジオ平成13年12月3日名称変更ウラジオストク(場所はウラジオと同一)
漢口平成13年12月3日名称変更武漢(場所は漢口と同一)




失われた放送地点セレクション

これがウルップ島から入電があった最後の日だ。最後の入電内容は「ウルップ島では北西の風、風力3、曇、10hPa」平成9年7月19日のことだった。


入電がないウルップ島〜パラムシル島までの通報地点。地点円に×マークを書く日々が5年間も続いた。



こちらは平成13年5月30日、バスコからの最後の入電シーン。この翌日から今日まで、バスコからの入電は一度もなく、代わりにラワーグからの入電が続いている。


昭和版の天気図用紙。広島・石巻・済州島・ウツリョウ島など見慣れない地点が見つかる。これは手持ちの平成版天気図用紙が無くなった時に緊急で昭和版用紙を代用したもので、天気図そのものは平成8年のもです。